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【実録】GSを降りることになったので、最終的に損害金を受け取ることにした話⑭
※この記事は実体験をもとに書いていますが、個人や関係者が特定されないよう、一部の表現や時系列を調整しています。
ドアパンチ被害と、その後の保険対応について、ここまで何話かに分けて書いてきました。
相手の方は誠実だったこと。
一方で、保険会社とのやり取りには強い不信感が残ったこと。
代車の問題、修理日程の問題、そして最後には塗料不足の問題まで出てきて、話は思っていた以上に長く、複雑になっていきました。
そして、ここにきてひとつの結論を出すことになりました。
私は、GSを降りることになりました。
そのため、今回のドアパンチ被害については、修理ではなく損害金を受け取る形にすることにしました。
これが、今回の件の最終的な着地点になりそうです。
正直に言えば、この結論は最初から望んでいたものではありませんでした。
本音では、できることなら修理したかったです。
きちんと直して、納得できる形で一区切りつけたかった。
傷がついたまま終わるのではなく、自分の中でも「ちゃんと元に戻した」と思える形にしたかった。
その気持ちは最後までありました。
でも、現実にはいくつもの問題が重なりました。
保険会社とのやり取りはスムーズとは言えなかった。
代車の件でも悩むことになった。
ようやく修理に向けて動きそうになったと思ったら、今度は塗料不足で修理できないという話が出てきた。
そしてその間にも、自分の中では車を手放す時期の問題が現実として迫ってきていました。
そう考えたとき、もう「修理を待つ」という選択が、自分にとっては現実的ではなくなってきました。
GSを降りることが決まった以上、いつ入るか分からない塗料を待ち、いつ再開できるか分からない修理を待ち、そのうえで直した車を受け取るという流れに、意味を見いだしにくくなったのです。
だから今回は、修理を前提に進めるのではなく、損害金を受け取る形で終える。
その判断をすることにしました。
もちろん、気持ちとしては簡単ではありません。
ここまでずっと「直したい」という思いで考えてきました。
修理先のことも、代車のことも、納得感のことも、自分なりに真剣に考えてきたつもりです。
だからこそ、最終的に「修理しないで終える」という結論に向かうのは、どこか負けたような、置いていかれたような、そんな複雑な感覚もあります。
本当は違う形で終わりたかった。
その思いは、やはりあります。
でも一方で、ここまでの流れを振り返ると、これもまた現実的な着地点なのだとも思います。
修理そのものが不透明になっている。
いつ再開できるか分からない。
そして自分はGSを降りることになった。
この条件が重なった以上、無理に修理にこだわり続けるよりも、損害金という形で整理をつけるほうが、現実には合っているのかもしれません。
そう頭では理解しています。
ただ、頭で理解することと、気持ちがすぐ追いつくことは別です。
GSは、私にとってただの移動手段ではありませんでした。
日々の気持ちを落ち着かせてくれる車であり、自分なりに大切に維持してきた一台でした。
だからこそ、ドアパンチの被害も深く残ったし、その後の対応にもここまで引っ張られたのだと思います。
そして最後に、そのGSを降りることになった。
この事実が加わることで、今回の件はただの「修理トラブル」ではなくなりました。
ひとつの愛車との区切り。
その最後の時期に、こういう形で話を終えることになった。
そのこと自体に、何とも言えない気持ちがあります。
もし修理がもっと早く進んでいたら。
もし保険対応がもう少し違っていたら。
もし塗料不足の問題がなかったら。
そう思うことがまったくないわけではありません。
でも、今さらそこを考えても現実は変わりません。
変わらない以上、自分の中でどこかで結論を出さなければいけない。
そして今回、その結論が「損害金を受け取る」という形になったのだと思います。
被害者側としては、最後まですっきりしたわけではありません。
納得しきれない部分もあります。
「本当は直したかった」という思いも残っています。
それでも、ここで区切りをつけるしかない。
そう判断しました。
今回の件を通して、私は本当にいろいろなことを考えさせられました。
車が傷つくということ。
被害者側が思った以上に消耗すること。
保険会社とのやり取りが、決して事務的に終わるだけではないこと。
代車や修理日程や部材の問題まで含めて、ひとつの出来事がどんどん広がっていくこと。
そして最後には、自分の車との別れの時期まで重なってくること。
ドアパンチひとつで、ここまで長い話になるとは思っていませんでした。
でも、だからこそ書き残してきてよかったとも思っています。
最初はただショックでした。
そのあとに不信感があり、モヤモヤがあり、妥協があり、また問題が起きて、最後には修理ではなく損害金で終えるかもしれないというところまで来た。
その流れをこうして書いてきたことで、自分の中でも少しずつ整理できた部分があります。
そして今、ようやくこの件に一区切りをつけようとしています。
修理して終える形ではなかった。
それは少し悔しさが残ります。
でも、損害金を受け取ると決めたことで、少なくともこの長いモヤモヤに、ひとつの終わり方は見えました。
完全にすっきりしたわけではありません。
たぶん、しばらくは「本当はこうしたかった」と思うこともあるでしょう。
でも、それも含めて今回の現実だったのだと思います。
GSを降りることになった。
だから、今回は修理ではなく、損害金を受け取る形で終える。
それが今の自分が出した結論です。
このシリーズは、ここでひとまず締めたいと思います。
ドアパンチ被害そのものも嫌な出来事でした。
でもそれ以上に、その後のやり取りや、終わり方の難しさが強く残りました。
愛車を大切にしている人間にとっては、単なる小さな傷の話では終わらない。
今回の経験で、そのことをあらためて痛感しました。
もし同じような経験をしている人がいたら、少しでも「こういう終わり方になることもあるんだ」と伝わればと思います。
きれいに納得して終わるとは限らない。
でも、それでもどこかで区切りをつけなければならないこともある。
今回の自分は、そういう結論になりました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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